藤田保健衛生大学・総長
本日は私の母校、藤田保健衛生大学の創立者/総長、藤田啓介先生の命日です。そのため、大学は毎年6月11日を休校日としています。
私は母校に深い思い入れがありますが、少しだけ悔いがあるとすれば藤田啓介先生の人となりを直に知っておきたかったということです。
母校の創設は昭和39年、医学部の併設は昭和46年ですが、私が在学時に当時の刊行物を読んでみたところ、当時全国を吹き荒れた学園紛争の欠片もなかったようでした。私が入学した頃も黒の制服の着用が義務付けられいていたものです。
学内には巨大建築物が林立していましたが個々に建築美があり全体に統一感がありました。私の在学中も増改築は続き、そこに第Ⅲ帝国様式にどこか通じる様な畏敬の念すら覚えたものです。
また素晴らしく立派な音響ホールがあり、定期的にクラシック音楽の演奏が催されていましたが、窓1つない巨大な閉鎖空間でもあり、名演奏家の音楽を聴き入る時、陶酔感に導かれるものでした。
そして教職員と学生が学部・学校の枠を越えて共通の活動を行う「アッセンブリー」も必須科目として行われていましたが、私はこの一体感の醸成は何処かで見聞きした??と最初に面食らったものでした。
私は入学してしばらくするうち、『ここは国家社会主義だ!』と自分では思うようになりました。その是非はそれに傾倒した史実の国々に絡めて考えさせられたものでしたが、私は総長はその歴史学にも造詣が深いはずと確信を持ちました。
それで後年の体育祭の時、観覧席に居られた総長に私は近づき、「戦前の記録映画『意志の勝利』をお持ちですか?」と尋ねたのです。並みの人なら「何ですか?それは。」と答えたでしょうが、案の定、総長は「持ってますよ。」と答えられたのでした(そして有り難くも拝借出来ました)。