2つの美容外科学会の統一 ②(十仁系)
私がJSAS(いわゆる十仁系)の日本美容外科学会に入会したのは昭和63年で同年5月に学会に参加しましたが、TVや雑誌の広告で有名な先生方をお見かけして不思議な気分になりましたし、高須先生が私に「僕も整形外科です。」と気さくに挨拶を返して下さった時は感激しました。
当時は新橋の航空会館で毎年学会を開いていましたが、出席するたびに実践的ですぐ役に立ちそうな話が聞けて毎年楽しみでした。
この学会のルーツは昭和23年設立の財団法人 日本美容医学研究会であり、そこから昭和41年 日本美容整形学会が設立されています。そして形成外科が一般標榜申請の際は、日本医師会々長武見太郎氏らが、形成外科医の重鎮から『形成外科は美容を含まない。』の一筆を取っており、それで昭和50年に形成外科の標榜が国会承認された2年後、日本美容整形学会が、『美容整形科』の一般標榜を厚生省に提出、昭和53年に『美容外科』として独立した標榜科で国会承認、学会も国会承認前に『日本美容外科学会』と改称しました。ですからJSASは歴史上の観点からも、当学会の方が正当と主張しているのです。